Circulation - Camera

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【カメラの豆知識】非球面レンズ?EDレンズ?蛍石?意外と知らない「レンズの中のレンズ」

~Introduction~

こんにちは、Circulation - Cameraです。唐突ですがカメラのレンズってたくさんのレンズでできていますよね?

どういう事かと言いますと、こういうことです。

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NIKKOR Z 70-200mm f2.8 VR Sのレンズ構成 (画像はNIKON HPより)

このようなレンズを構成するレンズには非球面レンズEDレンズのように名前がついています。今回はこの「レンズの中のレンズ」について自分なりにまとめてみました。なお、自分がNIKONのカメラを中心に使用しているので、NIKON用語中心になってしまいますことはご容赦ください。もちろん他のメーカーのカメラを愛用されている方にも伝わりやすいように努力しますが💦

では6000字近い長い記事になのですが、興味のある方は時間のある時に読んでやって下さい。それではよろしくお願いします m(_ _)m

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 ~Index~

今回紹介しようと思っている「レンズの中のレンズ」は以下の通りです。

非球面レンズ

・EDレンズ, UDレンズ

蛍石レンズ

・SRレンズ, BRレンズ

各論に写る前に、これらのレンズの存在意義を簡単に説明します。単にガラスでできた凸レンズや凹レンズとは違うこれらの特殊レンズは主に収差の除去のために使用されますより正確な色や線を描くことがこれらのレンズの存在意義です。それでは1つ1つ見ていきましょう!

 

~ (1) 非球面レンズ

球面レンズは理科の授業で習った球体の一部を切り取ったようなレンズを指します。球面レンズは光を1点 (焦点) に集める役割を持っていますが、現実的には周辺を通る光は焦点から微妙にずれてしまいます。この結果、レンズ周辺の歪みや解像度の低下が発生します。これを収差と呼び、古典的には5つに分類されザイデル5収差として知られています。当然ですがこれは口径の大きなレンズほど目立ちます。図示してみますのでご確認ください。

f:id:tatsumo77:20201119042113p:plainこれを克服するためにかつては球面レンズを何枚か組み合わせていたのですが、1枚のレンズで収差を抑制するためにレンズの形状を敢えて変形させたのが非球面レンズ (aspherical lens) です。

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特に球面収差や歪曲収差の補正に有効とされています。当然ながら非球面レンズは球面レンズに比べて研磨することは難しいわけです。なのでかつては高級なレンズにしか使用されていませんでしたが、近年加工技術が進歩して多くのレンズに採用されるようになってきましたので我々もレンズ構成を見るとき当たり前のように眼にするようになったわけです。

 

 

~(2) EDレンズ・UDレンズ~

光の波長は色によって異なることは御存知でしょうか。

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波長が異なる波は屈折率の異なる物体にぶつかると違う曲がり方をします。プリズムを通過した光が七色に分解されるのは、光のこの性質に起因します。

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故にレンズを通過した光も色によって焦点を結ぶ位置が微妙に異なり、これによる収差を色収差と言います。余談ですが、先の非球面レンズの項で触れたザイデル5収差と色収差は、同じ収差という言葉を用いますが少し異なります。ザイデルの5収差というのは単波長の光がレンズを通った時に生じるボケや歪みを指します。すなわち波長の違い (≒ 色の違い) で生じる収差に関しては考慮されていないわけです。色収差というのがどんなものかは下の図をご覧下さいますと分かりやすいかと思います。

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図引用:WIKIPEDIA

先ほどお話したようにザイザル収差を補正するために非球面レンズが開発されました。一方、色収差非球面レンズでは抑制できないので何枚かのレンズの組み合わせで色消しをするのが基本です。具体的には特殊な凸レンズと凹レンズを組み合わせて色収差の発生を抑える設計を行います。ちなみに2種類の色 (上の図で言うと赤と青) の滲みを補正したレンズ構成をアクロマートと言います。

 

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この場合、赤と青の光の収差を補正しています (画像引用:NIKON HP)。

さて、この図を今一度よく見て下さい。このように光の波長の両端である赤と青2つの色を打ち消そうとすると中央の色の滲み (にじみ) が残ります。これを二次スペクトラムと呼びます (上の図参照)。この二次スペクトルを補正するには従来のガラス同士の組み合わせでは困難で、特殊な分散の性質 (低分散性) をもつ光学材料が必要になります。

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この目的で開発されたのが特殊または異常低分散レンズ (Extraordinary low dispersion lens) 、略してEDレンズです。これを用いることで二次スペクトラムを抑制して色滲みをより高い次元で抑制できるといいます。NIKONのHPの図が分かりやすかったので拝借します。

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なお、SONYOlympusも特殊または異常低分散性を持つレンズをEDレンズと呼びますが、CANONではこれをUD (Ultra Low Dispersion) レンズと呼びます

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例えばこちらはCANON RF 24-70mm F2.8のレンズ構成です。濃い緑色で塗られているのがUDレンズです (画像引用:CANON HP)。

ちなみにCarl Zeissでは単純に「異常部分分散性の特殊ガラス製レンズ」と呼ぶみたいですね。

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 ~(2)' SDレンズなど~

EDレンズよりも更に色収差補正能力に長けたものをSDレンズと呼ぶことがありますがEDレンズとの境目は不明瞭です。違いを改めて調べてみましたが、明確なEDレンズとSDレンズの違いは定義されていないようです。他にもスーパーEDレンズという表現もPENTAXSONYのレンズで眼にします。この辺はおそらくメーカー各社の開発したより理想的な特殊低分散性のあるレンズを指すのだろうと思います。

ちなみにOlympusで採用されているEDAレンズはExtraordinary low dispersion aspherical lensの略称でEDレンズと非球面レンズの両方の特性を有するレンズを指します。

 

 

~ここまでのまとめ~

長くなってきましたので一回整理してみましょう。

(1) 非球面レンズ

ザイデル5収差、特に球面収差や歪曲収差を少ない数のレンズで補正するために使用されるレンズです。

(2) EDレンズ・UDレンズ

色収差を補正するために使用される特殊低分散性能のあるレンズです。

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~(3) 蛍石レンズ~

さて、実は時系列が逆なのですが、EDレンズやUDレンズのような特殊低分散効果を持つ素材として歴史的に先に着目されたのが蛍石でした。軽量で低分散性があり幅広い波長の波を透過させることができる優秀な素材。通常の光学ガラスと組み合わせることで、色収差の少ない光学レンズを作ることができます。

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画像引用:WIKIPEDIA

蛍石の天然結晶は1837年にZeissの顕微鏡用として使用されています。しかし、大型の結晶を得るには、蛍石を高温で融解し不純物を取り除き再結晶化させる必要がありました。このような人工蛍石結晶 (フッ化カルシウムCaF2) を作成する技術は容易ではなく、時が流れること100年以上!1968年に一眼レフカメラ用望遠レンズにおいては、PENTAXが実用化に成功し、1969年には人工蛍石を2枚使用したCANON FL-F300mm F5.6が発売されました。

① 軽量

② 低分散性

③ 幅広い波長の波を透過させることができる

そんな優秀な素材、蛍石。しかし、レンズ形成が光学ガラスに比べて難しいことや非常に高価であったことから開発されたのがEDレンズなわけです。1976年にはNIKONからEDレンズを搭載した400mm単焦点レンズが発売され、EDレンズ・UDレンズといった特殊低分散レンズは次第に浸透していくことになります。

一般的に焦点距離の長いレンズほど色収差が目立つためので、蛍石レンズやEDレンズやUDレンズは当初望遠系の高級レンズに主に使用されていましたが、EDレンズやUDレンズに関しては2000年ごろからは特に普及しており、今では多くの広角レンズにも採用されています。

 

 

~Q.) 何故今も蛍石は必要?~

こうしてEDレンズが普及してきた現在でも蛍石レンズは使用されています。これはいくつかの理由があるようです。

・EDレンズのような特殊硝材は物によっては蛍石以上に加工が難しいことがあるから

蛍石はEDレンズより比重が軽くレンズの軽量化に寄与するから

・最新の知見はどうか分かりませんが、異常部分分散性では蛍石のほうがEDレンズに勝るとされているから

特にEDレンズやUDレンズより軽量なことは重要かもしれませんね。色収差はただでさえ巨大になりがちな望遠レンズほど顕著になりますので、蛍石はこういった理由から今でも望遠レンズを中心に使用されております

DSC_4760のコピー

こちらは蛍石レンズが使用されているNIKKOR Z 70-200mm f2.8 VR Sで撮影した写真です。次の項で御紹介するSRレンズの効果もあってか強い逆光条件でも全く色滲みを感じさせません

 

~(4) SRレンズ~

SR (Short-wavelength Refractive) レンズは青系波長の光 (短い波長の光) に対して高分散に働くレンズを指します。NIKON独自の名称です。EDレンズやUDレンズは低分散レンズでしたが、短い波長の光に対しては逆の作用をする特殊レンズです。他のレンズと組み合わせることでより高次元な色収差補正が可能となるようです。NIKONHPから模式図を拝借しました。

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これは2020年現在でもかなり新しいテクノロジーで、2019年に発売されたAF-S NIKKOR 120-300mm f/2.8E FL ED SR VRで少し話題になったと思います。

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また、先ほどの項に作例を載せたNIKKOR Z 70-200mm f2.8 VR Sにも採用されています。ちなみにCANONによって2015年に一足先に市場に出たBR (Blue spectrum refractive) レンズの理屈も同じです。青色光を大きく屈折させて大口径レンズの色収差をよりハイレベルに抑制してくれます。

BRレンズは凸レンズと凹レンズの間に特殊な樹脂を挟み込んだような構造なので使える場所が限られることに対してNIKONのSRレンズは通常の光学ガラスと同様に使用できるのでレンズ構成の自由度に寄与するようです。

 

  

~まとめです!!~

長くなってしまったので本日紹介した「レンズの中のレンズ」を整理してみましょう。

(1) 非球面レンズ

ザイデル5収差、特に球面収差や歪曲収差を少ない数のレンズで補正するために使用されるレンズです。

(2) EDレンズ・UDレンズ

色収差を補正するために使用される特殊低分散性能のあるレンズです。

(3) 蛍石レンズ

特殊低分散性を有しており軽量な天然の素材。現在も特に大口径の望遠レンズで使用されております。

(4) SRレンズ・BRレンズ

青より短い波長の光に対して高分散に作用するレンズです。先述したレンズと組み合わせてより高度な色収差の補正をしてくれるレンズです。

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このように、基本的にどれも収差を打ち消すために開発されてきたレンズです。さらにこれらを組み合わせることでレンズ構成に必要なレンズの枚数を減らせるので、結果的にレンズの小型化・軽量化ができることもアドバンテージです。

 

 

~実際のレンズ構成を覗いてみよう~

最後に実際のレンズ構成図を一緒に見てみましょう。

例1.) AF-S NIKKOR 600mm f/4E FL ED VR

NIKONの大口径超望遠レンズ、通称ロクヨン。この正式名称を見るとFLという言葉とEDという言葉が入っています (VRは手振れ補正という意味です)。さて、レンズ構成を見てみましょう。

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FL (蛍石) レンズとEDレンズが使用されています。望遠レンズで大口径という色収差が非常に目立つ条件の揃ったレンズなのでこういったレンズが重要になってくるわけです。

例2.) NIKKOR Z 14-24mm f/2.8 S

こちらは最近発売されたZマウントの超広角大口径レンズです。こちらは蛍石は使用されず、非球面レンズとEDレンズのみで構成されてますね。

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例3.) NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S

一方、こちらは望遠の大口径レンズです。色収差の除去のために蛍石とEDレンズ、さらにSRレンズまで使用されていて、これでもかという感じですね ^^;

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 例4.) SEL2470GM

こちらはSONY Eマウントの24-70mmレンズです。いかがでしょうか?自分がNIKONユーザーなのでNIKON用語メインでこの記事を書きましたが、ここまで読んで下されば何となく下のSONYレンズの「レンズの中のレンズ」の意味も分かりますよね?

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~おわりに~

ということで今回は「レンズの中のレンズ」というテーマで記事を書いてみました。自分の知識の整理も兼ねて書きましたが、レンズ設計というのはいかに収差を打ち消してクリアでリアルな描写を得られるかの歴史であったかということを再確認できまし。

自分はカメラが好きですが技術者ではありません (本職は医療系 ^^;)。フォトマスター検定を受けるときに調べたことを中心に述べてみましたが、もし間違っているところの指摘や今回記載されていない面白い話があればコメント欄にお願いします ( ̄▽ ̄)

最後になりましたが長い記事に付き合ってくださいましてありがとうございます。それでは、今回はここで失礼いたします m(_ _)m

 

 

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~おまけ:PFレンズ~

記事が長くなってしまいましたので、おまけとしましたが、望遠レンズの小型軽量化のために近年開発されたレンズとしてPFレンズというものがございます。PFレンズとは位相フレネルレンズ (PF = Phase Fresnel)  のことでして、回折という光の性質を利用して色収差の補正を行うレンズです。

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NIKONのHPより画像を引用しましたが、このようなギザギザした特殊なレンズです。フレアに癖があることなど問題はありますがレンズの小型化に大変貢献しています。以前、記事に書いたことがありますので興味のある方は覗いていってやって下さいませ。